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個人様の事例紹介

厚労省の定義では見えない“パワハラ”の境界線

2014年8月15日

2012年2月3日のダイヤモンドの記事です。

厚生労働省からパワハラの定義が発表されたことに対する批判記事ですが、

未だに、この記事は生き続けていると判断し、ここに引用いたします。

http://diamond.jp/articles/-/15977

(引用はじめ)

職務上の力関係を利用して、上司が部下に過剰な圧力をかけるパワーハラスメント。パワハラの相談件数が急増するなか、企業のコンプライアンス意識は高まりつつある。だがそれは一方で、副産物ももたらしている。「パワハラ過敏症」が職場に蔓延し、上司が部下を指導・管理することが難しくなっているのだ。そもそも「パワハラの境界線」はわかりづらい。日本の職場では、上司も部下も捉えどころのないパワハラの恐怖に怯え続けている。そんななか、厚生労働省のワーキング・グループが、パワハラの定義を発表した。今回の報告書で、パワハラの境界線は明確化されたのか。そして、日本の職場からパワハラを減らす効力はあるのだろうか。詳しく分析すると、日本企業がこれまで以上に熟慮しなければならない課題も浮かび上がってきた。(取材・文/プレスラボ・宮崎智之)

悪質行為が増える一方「パワハラ狩り」も
曖昧なパワハラの境界線に怯える職場

日本の職場におけるパワーハラスメント(以下、パワハラ)の報道が後を絶たない。2011年末には九州の熊本市で、係長らが部下の男性に100万円以上の飲食費支払いや、笑いながらの正座を強要していたことが発覚した。事実なら、もはやパワハラどころか「犯罪行為」と言われてもおかしくない事例だ。

そもそも、上下関係や組織の論理を重んじる「会社人間」が多かった日本社会には、「上司からの厳しい指導を乗り越え、一人前に成長する」という価値観があった。しかし、世の中で「パワハラ」という概念がクローズアップされるようになると、「どこまでが指導で、どこからがパワハラなのか」という境界線の曖昧さが問題視されるようになり、パワハラ防止への意識が高まった。

一方で、こうした議論の盛り上がりが、職場のコミュニケーションを機能不全に陥らせているケースもある。パワハラを指摘されることを恐れた上司が部下を厳しく指導・管理しづらくなったり、部下が上司の指導に過剰反応して「パワハラ狩り」が起きたりするケースが顕在化しているのだ。

熊本市のケースは明らかに行き過ぎだとしても、足もとでパワハラ報道が増えているのは、「パワハラ過敏症」が社会に蔓延しているせいもあるだろう。もちろん、パワハラは許されるものではない。しかし、日本の職場では、上司も部下も捉えどころのない「パワハラ」の恐怖に怯えている現状もあるのだ。

そんななか、職場のいじめや嫌がらせ問題を検討する厚生労働省のワーキング・グループは、1月30日、パワハラの定義や企業が取り組むべき対策などを盛り込んだ報告書を取りまとめ、公表した。厚労省はこの報告書を基に、3月までに問題解決のための具体的な方策をまとめるという。

本格的に動き出したかのように見える国のパワハラ対策だが、一方で恣意的に解釈する余地が完全には消えていない報告内容となっているため、「余計にわかりづらくなった」「撲滅にはほど遠い」という意見も少なくない。

今後企業は、パワハラ問題をどう考えるべきか。報告書の内容を吟味しながら、目の前に突きつけられた課題を紐解いてみよう。

主観で評価が割れるパワハラの難しさ
厚労省が定義した「共通認識」の中身

まず、パワハラには以下の2種類のケースがある。

・明らかな人権侵害
・パワハラか指導か判断が難しい事例

前者は言語道断で、加害者に社会的な責任が問われることは言うまでもない。しかし、難しいのは後者である。

不況の折、売り上げが伸びずに殺伐としている職場は多い。管理責任のある社員は、いかに売り上げと生産性を上げるかに、四苦八苦していることだろう。ときには部下を叱咤激励し、指導しなければいけない場面もある。

だが、指導とパワハラの境界を見つけることは難しい。「愛がこもっていれば指導だし、こもってなかったらパワハラ」(20代男性)というように、従来は当事者同士の主観に委ねられる部分が大きかった。

そこで必要なのが、報告書で言うところの「共通認識」である。職場からパワハラを撲滅するため、または知らず知らずのうちに加害者にならないためにも、知っておく必要がありそうだ。

部下から上司への嫌がらせもパワハラに
一方「境界線」の曖昧さは残されたまま

報告書では、まず「職場のパワーハラスメント」の定義を以下のように定めた。

「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」

メディアでは、「上司から部下だけではなく、同僚間、部下から上司への嫌がらせも、パワハラと呼ぶことになった」と報道されているが、そうした認識は今回の定義のどこから導き出されたのか。それは、「人間関係」という文言である。

つまり、職場内の優位性は、職務上の地位だけではなく、人間関係などのなかにも生じることを認定している。憂さ晴らしに上司の陰口を同僚と言い合うことくらいはあると思うが、度が過ぎて相手を追い込んでしまうとパワワハラになってしまう。部下にもパワハラを問うことにより、当事者間での公平性が担保される内容と言える。

さらに報告書は、具体例として以下のような行為類型を挙げている

・暴行・傷害(身体的な攻撃)
・脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
・隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
・業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
・業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
・私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)

一見すると、パワハラに当てはまる行為がかなり明確化された印象がある。特に「仲間外し」「無視」のように、間接的な行為も対象として認定されたことには、きめ細やかさを感じる。

ただし、これらのポイントだけを考慮して、「パワハラの境界線」がようやく確定されたかと言えば、そうとも言い切れない。問題となってくるのが、前出の「パワハラ定義」に含まれた「業務の適正な範囲を超えて」という言葉だ。

報告書では、特に4番目から下の3つを判断が難しい項目とし、「こうした行為について何が『業務の適正な範囲を超える』かについては、業種や企業文化の影響を受け、また、具体的な判断については、行為が行われた状況や行為が継続的であるかどうかによっても左右される部分もあると考えられるため、各企業・職場で認識をそろえ、その範囲を明確にする取組を行うことが望ましい」と記すに留まっている。

定義に曖昧さが残れば、当事者間でその都度判断することは不可能。やはり企業自身が講じる防止策が重要になってくる。となれば、コンプライアンス意識の低い、いわゆる「ブラック企業」に勤めている場合は、パワハラ地獄から抜け出すのは非常に難しいだろう。

つまり今回の報告書では、パワハラの範囲や対象行為が具体的に定義されたものの、依然として「境界線の曖昧さ」は残されたままなのだ。結局は「企業の判断」に委ねられる部分が多いと言える。であるとすれば、企業は改めてどんな現状認識を持つべきか。

増え続けるパワハラの相談件数
企業の社会的信用が失墜する恐れも

冒頭で触れた熊本市のケースのように、現段階でも明らかに「一線」を超えた嫌がらせの横行が、次々と明らかになっている。訴訟に発展したケースも多く、労働局への相談件数も増えているのが現状だ。

ワーキンググループに提出された参考資料によると、各都道府県労働局に寄せられた労働紛争に関する相談件数は、2002年度が10万3194件だったのに対して、2010年度は24万6907件と倍増。そのうち、職場のいじめ・嫌がらせに関する相談の割合は、02年度が6.4%、10年度は16.0%と急増している。

参考資料では、具体的な相談事例も挙げている。

・段ボールで突然叩かれる。怒鳴る
・0℃前後の部屋で仕事をさせられる
・客の前で「バカ、ボケ、カス、人としてなってない」
・社長の暴言「何でもいいからハイと言え、このバカあま」
・呼び名は「婆さん」。業務命令はいつも怒声
・社員旅行への参加を拒絶される

文字として列挙しただけで、その凄惨さが伝わってくるほどの信じがたい内容だ。

企業側が自覚しなければならないのは、このような事態を放置しておけば社会的な信頼を著しく損ない、ひいては売り上げや生産性を落とすことになるということだ。パワハラは当事者間の問題だけではない。パワハラが起こる風土があるとわかれば、当然、取引先からの信頼も失ってしまう。

報告書でも、その点は指摘されている。

「企業として『いじめ・嫌がらせ』『パワーハラスメント』に加担していなくとも、これを放置すると、裁判で使用者としての責任を問われることもあり、企業のイメージダウンにもつながりかねない」

店内パワハラが招くイメージダウン
好きなラーメンさえ食べる気が失せた

適当な例ではないかもしれないが、筆者は以前、とあるラーメン屋に通い詰めていたことがあった。

「これぞ自分が理想としていたラーメン」と味に心底惚れ込んでいたのだが、カウンターの中で店主がアルバイトの男性を激しい口調で理不尽に叱責しているのを見るのが嫌で、通うのを止めてしまった。

「ミスしないように」と萎縮した手で運ばれたどんぶりで食べるラーメンを、美味しいと感じなくなってしまったのだ。

取引先や顧客だけではなく、人材確保の観点でもパワハラは問題がある。

筆者が聞き取り調査したなかでは、「新入社員のとき会議室に集められ、『君たちが今立っているスペースだけでもお金がかかっている。今吸っている空気もうちの会社のものだ。やる気のない人は辞めてもらって構わない』と強い口調で指導された」という証言があった。

上司にとってみれば、学生気分から抜けさせるための叱咤激励のつもりだったのかもしれない。しかし、証言者が入社したのは折しもリーマンショック後の「内定切り」が問題になった年。「世間体を気にして内定切りをしなかった代わりに、新入社員に厳しくあたって大量に辞めさせようとしている」との噂が、新入社員の間にまことしやかに流れたという。

若い社員からのイメージが悪化し、退職者を出してしまうと「ブラック企業」のレッテルを貼られることになる。インターネットを通して噂が拡散すれば、次年度以降の採用活動にも影響を及ぼしかねない。

試しに「ブラック企業」で検索してみて欲しい。全ての書き込みが真実ではないにしても、最近の学生たちはこれらの情報をよくチェックしている。

上司、部下、同僚という“記号”ではない
人格を持つ個人として接すれば一線は見える

すでに述べた通り、パワハラの線引きは難しい。報告書は、「全ての社員が家に帰れば自慢の娘であり、息子であり、尊敬されるべきお父さんであり、お母さんだ。そんな人たちを職場のハラスメントなんかでうつに至らしめたり苦しめたりしていいわけがないだろう」という、ある人事担当役員の言葉で締めくくられている。

まさにその通りだが、組織によって非人格化した社員がそのことを自覚できるかどうか。「上司、部下、同僚」という記号としてではなく、人格を持つ「個人」としてしっかり相手と接すれば、自ずと「一線」は見えてきそうなものだが……。

今回の報告書を、あなたはどう捉え、何を考えるだろうか。

(引用おわり)

 

【2014年12月12日追記】

2年近く経って、この記事をどう見るのか。

正直な話、日々、「パワハラ」と向き合っている立場から言うと、

厚労省の「パワハラの定義」の存在は、大きい、と感じます。

確かに、パワハラ防止の観点から言うと、この「パワハラの定義」や「パワハラの行動類型」は不充分と言えます。

一般の企業や民間団体の担当者が、ネットや書籍で、パワハラについて、定義や類型を知っても、正直なところ、実感が湧かず、どうしたら良いのかわからないという声も聞きます。

ただ、一定の判断基準を据えることにより、社内でのパワハラ防止規定など、企業内での体制整備がしやすくなった面があり、企業から見て、パワハラに対するリスクヘッジがし易くなったの点は評価できます。

また、「パワハラの定義」が発表されて以来、パワハラに関する損害賠償額が上がる傾向が出てきたことも注目すべき点です。

つまり、一般の方には分かりづらいが、パワハラに対する抑止効果は、出て来ているのです。

ただ、問題は、この定義が、パワハラの未然防止にとっては、効果が薄いということです。

というのは、「何がパワハラで何がパワハラでないのか」という点で定義づけされており、

「パワハラの無い職場づくり」に目が向いていません。とどのつまり、「パワハラでなければ、人の身体や健康、家庭環境を壊すようなことをしても良い」ということにもなりかねない危険性を孕んでいます。

 


 

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