パワハラ防止を通して職場環境の改善を創造する職場環境改善工房

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事例紹介

NHKでのパワハラ解説について。

2014年2月25日

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/109538.html

2013年3月NHKの『視点・論点』におけるパワハラの解説記事です。

この中で、私が問題視している箇所を挙げましょう。

(引用はじめ)
「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう」

この定義によると、「職場内の優位性」には、「職務上の地位」に限らず、人間関係や専門知識など様々な優位性が含まれることになります。そのため職場のパワハラには、上司から部下に対するものだけでなく、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対して行われるものなども含まれることになります。

職場のパワハラについて、「業務上の指導との線引きが難しい」との意見があることを指摘しました。この点に関して定義では、「業務の適正な範囲を超え」るものがパワハラに該当すると明記しています。

従って、個人の受け取り方によっては、業務上必要な指示や注意・指導に関して不満に感じたりする場合もありますが、それらが「業務上の適正な範囲」のなかで行われている限り、パワハラには当たらないことになります。
(引用終わり)

ここでは、パワハラに該当するものが、「業務上の適正な範囲を超え」るものとしています。
実は、この「業務上の適正な範囲」と言うのがかなり曲者なのです。

考えても見てください。職場の人間関係において、第3者になれるような人と言うのは存在しません。社内の人間であれば、何らかの力が働いて、第3者にはなれないのです。しかし、「業務上の適正な範囲」かどうかという判断は、第3者の視点があってはじめてできるものです。

つまり、パワハラ現場で加害者が「業務上の適正な範囲の行動だ」と言ってしまえばそれで終わりなのです。被害者は泣き寝入りをせざるを得なくなります。

また、この考えですと、「業務上の適正な範囲」であれば、違法行為をしても構わないということになってしまいます。第3者の目が存在しない職場では、何が「業務上の適正な範囲」なのかを判断できません。つまり、「業務上の適正な範囲」が極めて主観的な観点から決められやすい状況では、いかなる行為も、許されやすい環境に陥ってしまうのです。閉ざされた中で暴力・人権侵害・精神破壊が起こりやすいということです。

何がパワハラで何がパワハラでないか、という線引きを明確にすることは、実はパワハラを拡散させる危険性を伴います。すなわち、パワハラの定義づけ自体がパワハラを創り出してしまうのです。

そこで視点を少し変えてみましょう。何がパワハラに当たるかでは無く、何故パワハラがいけないのか、ということです。

答えはシンプルです。〈職場環境を悪化させるから〉です。もう少し詳しく言うと、能率の低下・売り上げの低下・精神疾患を引き起こす・事故が発生しやすい、など、パワハラが異常で質の低い職場を作り上げてしまうからです。
したがって、パワハラ防止の観点から行けば、どういう行為が職場環境を悪化させ、どういうマイナス面が生じているのか、という観点から見るべきではないかと私は思うのです。

パワハラ防止の視点というのは、パワハラの線引きからは生まれにくいものだと私は考えています。これからさまざまな論議がされていくと思いますが、現段階では、パワハラ防止に有効な定義には至ってないように感じます。

ですから、

(引用はじめ)
最後に、職場のパワハラを予防したり、発生した場合の解消のための取り組みを説明したいと思います。

まず、企業として、「職場のパワハラはなくすべきものである」という基本方針を明確に打ち出すことが重要です。それを踏まえて、パワハラが発生した場合の相談窓口や解消の手続きを決めたり、研修などを通じてそれらを職場に徹底したり、アンケート調査などで現状を正しく把握することなどが求められます。

企業としての方針が明確であれば、職場でパワハラを受けた従業員やその周囲の従業員も、問題の指摘や解消に関して発言がしやすくなります。

企業によって、職場のパワハラの実態は多様であり、その予防や解消の取り組みは一様ではありません。取り組みにあたっては、既存のセクシュアルハラスメント対策などの枠組みを活用したり、それぞれの職場に即した形で、できるところからはじめていただきたいと思います。

例えば、セクシャルハラスメントとパワーハラスメントの両者を「職場のハラスメント」として整理し、それらの予防と解消の取り組みを行うことも有効です。
(引用終わり)

とあっても、定義そのものが単なるパワハラの線引きである以上、なかなか難しいのではないでしょうか。パワハラ防止の視点から、定義しなおすべきではないでしょうか。