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事例紹介

ハローワークは「仕事の介護」

2014年8月17日

読売新聞2014年4月7日の記事です。

http://www.yomiuri.co.jp/local/osaka/news/20140407-OYTNT50018.html?from=ytop_os_tmb

(引用はじめ)

芥川賞作家・津村記久子さん 大阪労働局HPにインタビュー

 大阪市出身の芥川賞作家、津村記久子さん(36)が、大阪労働局のホームページ(HP)上で、自己流のハローワーク活用法を語っている。パワハラ に遭って退職後、ハローワークで転職先を見つけた経験を持つ津村さん。〈失業は病気みたいなもんだと思えばいいんですよ。ハローワークで「仕事の介護」をしてもらいに行く>。体験や心境を率直に語ったインタビュー記事の言葉は、同じように仕事を探す人たちへのエールになっている。(増田弘輔)

 津村さんは大学卒業後に就職した印刷会社で上司のパワハラ を受け、9か月で退職。小説「十二月の窓辺」にその様子をつづった。

 そこからの三十分は、思い出すだけでも体温が下がるような罵倒の砲火が電波を通して浴びせられた。(中略)

 給料分働いたの?

 すみません。

 すみません以外になんか言うことあんじゃないのっ?

 ……。

 何とか言えよ!

 申し訳ありません。

 あんたなんかやめてしまえばいいのに。

 インタビューでも当時を振り返った。

 <1社目を辞めた時、本当に「今後、仕事に就けないかもしれない……」と思うぐらい凹へこんでたんです>

 立ち直るきっかけになったのがハローワークだったという。カウンセリングで女性職員の「大丈夫、できますよ」の言葉が力になった。職業訓練の紹介を受け、セミナーの予定で手帳が埋まるのが励みになった。

 <色んな人に話を聞き回っているうちに、「仕事、できるかな。やってみよかな」っていう気になってきた>。10か月後の2001年秋にハローワークで見つけた土木関係の会社に再就職。在職中の09年、工場で契約社員として働く29歳の女性の日常を描いた「ポトスライムの舟」で芥川賞を受賞した。

 インタビューを担当した同労働局職業安定課の石野佳代さん(31)は「どん底から立ち直った経験を持つ津村さんの言葉だからこその重みがある。求職中の方が前向きに一歩を踏み出すきっかけになれば」と話す。内容は同労働局のHP(http://osaka-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/)の左下にあるリンクから読むことができる。

 <家に閉じこもってインターネットで探すより、外に出て、誰かとしゃべって仕事を探す方が絶対いい。(中略)1人で失業して、自分1人だけで探してても、しんどいですよね。失業は1人じゃ治せないですよ>

 インタビューでそう語った津村さん。最近は心身が傷ついて、職場を離れる人たちが目立つ。「人生に必要な休みを過ごしているという考え方もある。できることを見つけながら、少しずつ頑張って」。読売新聞の取材に、改めてそうメッセージを寄せた。

 ◇いろんな職種に興味を 若者対象に講演会◇

 津村さんは3日、おおむね35歳未満を対象に今月オープンした「大阪わかものハローワーク」(大阪市北区)の企画で講演。求職中の若者ら約60人に「色んな業界に興味を持って」と呼び掛けた。

 津村さんは、大学時代の就職活動で約40社を受けて2社から内定を得たが、入社先を1年もたたずに退職したと説明。「世の中にどんな仕事があるかイメージできていなかった。印刷業界ばかり受けたが、一つの業界しか見ないと潰しがきかない。反省です」と振り返った。

 再就職先は1社目で決まったという津村さんは「面接前に会社のHPを熱心に見て、いいところを探し、働きたい気持ちを伝えた。(自分の印象が悪くなるので)前の会社のことは悪く言わない方がいいと思う」と助言。「明るく元気に振る舞うにはどうすれば」との参加者からの質問には「演じるゲームだと思って楽しんで。結構面白いですよ」と答え、笑いを誘った。

つむら・きくこ 1978年、大阪市生まれ。府立今宮高から大谷大(京都市)に進んだ。「十二月の窓辺」は「ポトスライムの舟」(講談社)に収録。文庫本(講談社文庫)もある。

(引用終わり)